私にとって、ムスメはなんと言っても大変可愛いイキモノであります。生まれてこの方、こんなにカワイラシイ「生きて動くもの」を見たことはありません。
そりゃまあ、子育ては過酷です。ことに生後しばらくは、まさに地獄のような日々でございました。
「あの頃(不妊時代)の私ったら、どうしてあんなに子供を欲しがっていたんだろう?何も知りやしないで、馬鹿じゃなかろうか」
と、認識の甘い己自身を心ひそかに罵倒しまくったことも1度や2度じゃありません。逃げたくて逃げたくて、とにかく一人の時間が欲しくて頭が割れそうになった事も再々でした。
しかし、人間ってのは現金なもんで(私だけか?)睡眠時間が延び、食事が楽になり、抱っこしなくても自分で移動出来るようになり、さらに少しずつこちらの要求が相手に伝わるようになってくると、これがもう可愛いのなんのって。ここ数ヶ月の間に、「しんどい」と「いとしい」のバランスはいともあっけなく逆転し、今はもう我が子にメロメロの私だったりたします。いやはや、ムスメってのはなんて可愛らしいものなんでしょう(「女の子は流暢に喋り出すようになったらオシマイ」という話もよく聞きますが・・・せいぜいそれまで夢を見ることにさせて下さい(泣))。
さて。
我が子というヤツはかくも可愛いものなのか・・・と日々驚きの私なんですが。しかし、それはあくまでも主観的な話。ええ、私にとっては(そしてまあ間違いなくオットにとっても)むん子は大層可愛いイキモノでございます。が。が。が。
世間レベルで言ったら、正直どんなに親莫迦ヴィジョンを働かせたところで、むん子はせいぜい並の下。何せ、色黒ぼってり一重まぶたのくせっ毛と来ておりますから、産んだ母から見ても少々不憫でございます。正直、ベビーカー押しながらぷらぷら街を歩いていて、「世間の赤ちゃんってどうしてこうキラキラしてるのかしら」と意気消沈する事もしばしば。おばちゃん達から掛けられる声も(それにしてもどうして世間の“おばちゃん”ってのは、「赤子に声を掛ける」ということに対してああも敷居が低いんでしょうねえ)、「まあ元気そうなお嬢ちゃん!」というようなものばかりでございます。「まあ可愛い」は・・・無いなあ、うん、無いなあ(涙)。
せめてもう少し世間並みに産んで上げられれば良かったんですが、何せ親が親ですから仕方ありません。とんびが鷹を生むなんてのは、そうそうある話じゃあありませんものねえ。ああ、遺伝って哀しい・・・。
でもねッ!親が可愛いと思ってるからいいんです!いやむしろ逆に、むん子が「親の勘違いがエスカレートしないレベル」で収まってくれてるのは、ある意味良い事なのかも知れません。これでもし、街中で「あら可愛いお嬢ちゃんね」と普通に声をかけられてしまうようなレベルのルックスだったら、私たち親バカ夫婦はどこまでもどこまでも龍のように天高く舞い上がってしまうに違いありませんもの、ええ。
さて。
そんなむん子(しかし、母親にネットで「並の下」と言われちゃう娘ってのもあまりにも可哀想だなあ・・・すまぬむん子、ハハはお前を愛してるったら)に、過日ありえない事が発生いたしました。何と、街角でスカウトされちゃったんですよ、スカウト!いきなり25歳位のお嬢さんがつかつかと近寄ってきて、「あのうお母さん突然失礼します、このお子さんをベビーモデルとかベビータレントに、なんて事を御考えになった事はありませんか?」
ある訳無いでしょこのご面相で、と答えた(本当にこう言ったんだ!<鬼ハハだな)私に向かって、しかし相手はなおも食い下がって参りまして。
「いえ、お母さんから見るとそう思われるかも知れませんが(<婉曲な肯定)、私には何となく、このお嬢さんなら出来そうな気がするんですッ」
嘘臭いッ!
しかし彼女は、ほとんど無理やりに私に名刺を押し付けると、「ぜひ上の者に話を通したいと思いますので、何とかご連絡を」とくどいほどに念を押して去っていったのでありました。
うへー、一体何故?どうして?先ほども書きました通り、うちのむん子、目は腫れぼったいし一重まぶただしぶくぶくに太っているし髪の毛はぼさぼさのくせっ毛だし何せ色黒だし、およそいわゆる“『ベビモ』の表紙”な赤ちゃんの対極にいるような子供でございます。しかも、スカウト(ぷぷぷ)された時にはベビーカーの上でぐっすり寝ており、ただでさえぷよぷよの顎肉が座面に押し付けられてさらに酷い事になっておりまして。全体的に、どこをどう見れば「お嬢さんなら出来そうな」気がするんだか、膝つめで小一時間ほどじっくり問い詰めたいような状況だったんですね。
で、はたと気が付く私。
ちょうどその日は、ちょっとした用事があって新宿にお出かけしていた私たち。一応電車に乗っての外出なので、ムスメにはちょっと小ましな格好をさせていたんです。小まし・・・つまり、以前お祝いで頂いた某ブランドのワンピースを着せてたんですわ。一方私はといえば、いつもの通りのユニクロスタイル。あ、いえ、つい見栄張りましたスミマセン、ユニクロどころか某西○で買い求めたものすごーくカジュアルな格好でございまして。で、手にはちょっとした所用で買い求めた、バーバリーの非常にデカい紙袋が。つまりはこういう事です、どうやらその日の私の出で立ちは、「自分の事はどうでも良いが子供には目一杯金をかける、ほどほどの小金持ち」に見えたんじゃなかろうか、と(勿論大間違い。特に「小金持ち」部分が)。
モデル事務所といえば、あっちこっちにスカウトをかけて、その中の万に一つもモノになればめっけもの。入所料だのレッスン料だの宣材費だのと“所属”タレントから毟り取って、それで成り立つ会社も少なくないとか。おおむね私は、「子供をダシにすればいい固定収入になるお客」として白羽の矢を立てられたのでしょう。色んな状況から言って、まず間違いはありますまい。
いやしかしよく考えてみると、このシチュエーション、それはそれで面白いと言えなくもありません。さあ、先方は一体どうやって私たちを騙くらかすお積りなのか、うちのむん子を相手にどれだけのデタラメをほざけるのか?何だかちょっぴり、テキのお手並みを拝見したくなってしまう腹黒い私。どうせなら「事務所面接」まで行ってみて、そこでの経緯をぜひとも日記ネタにしてみようじゃありませんかと、私の中の邪悪な何かがうずうずと頭をもたげて参りまして。
だって、どう考えてもうちのむん子、モデルだのタレントだのという風貌でも風情でも無いんですもの。それは、「うちのコは世界一可愛い!」などと鼻の下を伸ばしっぱなしの親でさえ冷静に判断できる厳然たる事実。それをいかように捻じ曲げて、「むん子をスタアにするためになら!」と私たちの財布から搾り取ろうというのか、お莫迦な私はどうしても見聞したくて仕方がなくなってしまったんですな。
で、私同様「えー、むん子をスカウトー、流石にそれはバカじゃないのかー」という反応を示したオットによくよく因果を含め、私たちは先日、家族総出でそのモデル事務所とやらに乗り込んだ訳でございます!
いやあ、面白かった面白かった。「騙されるなよ、騙されるなよ私」と玄関先に入る前から必死で暗示をかけていたんですが、必要なし。んもう、笑いをこらえるのが一苦労で、何度オノレの膝をつねり上げた事か。面接の男性、開口一番
「お、可愛いお嬢ちゃんですね!」
と来た時点で既に私は呆然としたんですが。それからまあ出るわ出るわの無理くり褒め!
むん子が泣かないと見るや、「なかなか肝の据わった子ですね。こういうお仕事にはそれが大事なんですよ」「人見知りをしないというのはこの仕事に向いてます」。いや、単に緊張して強張ってるだけで、とりあえず大人3人のうちよく知った顔が2つあるんで泣かずに済んでるだけでして・・・と言うのはぐっと堪えて(ここでばしっと切ってしまうとこの後が続きませんものね)ヘラヘラしておりましたらば。「すっきりしたお目目ですねえ、個性的で印象的です」(つまり、いわゆる一般的な“赤ちゃんモデル顔”じゃ無いって事よね)「手足もとても健康そうで、スポンサーさんの受けもきっと良いでしょう」(デブで色黒って事ですな)「何より、利発そうなお顔をしてらっしゃる。きっと、小さいながらにちゃーんとお仕事できますよ」(多分この「利発そう」ってのが殺し文句なんでしょうな)。ああ!この台詞を聞いた時の私のむず痒さを共有するために、いっそムスメの写真を公開してしまいたい!何てんですか、まあ言ってみれば、斉藤こずえをレースクイーンにスカウトしようとしてるようなモンです、ええ。真顔で聞いてるのが本当に辛いこと辛いこと。
そしていよいよ話は佳境に入ってまいりました。ええ、いわゆるゼニの話ですな。
面接の男性は、すっと一枚のA4用紙を取り出しまして、芝居がかった仕草で机に置きました。そこには、もの凄くデカいMSゴシックでこんな文字が。

入所金   150,000
諸経費    8,000
宣材撮影費  80,000

出た!入所金十五万円!誰が払うんだそんなモン!
すると男はおもむろに赤ペンを取り出すなり、「入所金」と「諸経費」の部分に大きくバツをつけたのでした。そして曰く、「お嬢さんを拝見して、この二つは必要ないと判断しました」ぶはー!
しつこいようですが。しつこいようですが、でも言っておきます。「斉藤こずえをレースクイーンに」ですよ、「斉藤こずえをレースクイーンに」。掛け値なし、本当に。それで大枚十五万八千円まけてやるってんですから、そもそもの価格設定自体笑止もいいとこでございます。
担当者曰く、
「八万円は、流石に外部の“ちゃんとした”カメラマンに正式な宣材として依頼する以上、どうしても経費として削る事が出来ないんですね。でも、うちとしては、ぶっちゃけお嬢さんならこの(と赤バッテンを指差し)分はモトが取れると思ってますんで、ここはもうずばっと削らさせてもらっちゃいたいと」
ああ、その時私は出来るなら、地べたに身を投げ伏し爆笑したかった。いやむしろ、「どの口が言うかーっ!」と叫びながら担当者の口をねじり上げたかった。いやあ、この台詞が聞けただけでも、わざわざ無駄と知りつつここまで足を運んだ甲斐があったというものです。これから当分は(つまりまあアレです、むん子が物心付くまでの間)、このネタでどこに行っても笑いが取れる!と、内心ウヒウヒの私。
そして、振込先の口座番号を渡され、
「お気持ちが決まったらご入金下さい、僕たちは待ってますので」
と、「いかにもがっついてない風」を装いつつ笑顔で営業する担当者を残して、私たちは事務所を出たのでした。ああ、面白かったね、とオットを見返ると。
「あのさあ、夏のボーナスのボクの分のお小遣い削ってもいいからさあ・・・」
なるほど、
こういう莫迦を食い物にして
ああいう商売は成り立っているのですね。

まさか手も無く騙されるとは思いませんでした。現実を見ろ、オット。ムスメにはお前の血も濃厚に入ってる。
ちなみに、勿論丁重にお断りしましたよ。「8万円が気になるなら分割でも」「また気持ちが変わったらいつでもお電話下さい」等と食い下がられましたが、流石に、愛する娘に恥をかかせるのは絶対に厭だもん。いいのむん子は我が家だけのアイドル<結局莫迦である事にかわりは無い。